2013年07月02日

憲法を改正する事が出来るような柔軟な社会にすることが大事(再掲)

2013-04-11 13:12:04

テーマ:憲法

憲法の改正というよりも、憲法を改正することが出来るような柔軟な社会にすることが大事
私は、自分自身の経験からあまり国会議員を信用していない。
中には優れた人もいるが、そう大したことがない国会議員もいる。

厳しい選挙を勝ち抜いて国会に議席を獲得しているのだから、当選できなかった候補者よりもよほど優秀で有能なんだろう、などと思うと、これが大間違い。
当選できなかった人や立候補自体を見送った人、さらにはおよそ立候補の意欲を持っていない人の方が遥かに有能で役に立つ、ということもある。

現在の選挙制度は、決して国民にとって役に立つ有用人材の選抜試験ではない。

それが証拠に、7年前の郵政解散総選挙では本当に選挙に出ることなど考えたこともないようなフリーターまがいの人も当選してしまった。
フリーターだからいけないとかお茶らけだからいけない、というのではない。
本当はもっと国民のために役に立ってくれそうな人を押しのけてしまったのが惜しい、ということだ。

4年前の政権交代選挙も多分そうだったろうと思う。
反自民、非自民であれば、誰でも当選しそうな勢いだった。
仕事が出来るか出来ないか、役に立つか立たないか、という基準で選ぶなら当然選ばれてもおかしくない仲間が大量に落選してしまった。

今の選挙は、人材を選抜する制度としては出来が良くない。

昨年12月の衆議院選挙で私のかつての仲間が大量に復活していったが、この人たちは役に立つ人たちばかりである。
だから、ある程度は信用していいとは思うが、だからと言って何でもかんでもすべて国会議員に任せておけばいい、ということにはならない。

どうやら今度の参議院選挙の争点は、憲法になりそうだ。
とりあえずは憲法改正手続条項の改正だけを争点にしようとしているが、単に参議院で3分の2の議席を獲得するための方便として憲法改正手続条項の改正問題を取り上げることには異議がある。

憲法の改正という大事な問題を国会議員だけでは決めないで、国民全体で議論して改正が必要な条項や足りない条項を必要に応じて追加できるような国民本位のしなやかな社会に変えていきましょう、というのでなければ困る。

大阪の橋下氏の狙いは、多分そこにある。
憲法9条の改正で国軍を創設し、戦争が出来る国に変えようという人たちとはちょっと違うはずである。
そういう違いの分かる人が国会に多ければ、まずは憲法改正手続条項の改正だけを先行させることにはそう大きなリスクはない。

いよいよこれからが正念場である。

憲法について熱く語っていただければ幸いである。

ツイート コメント(1) ペタ 2013-04-03 11:07:21

テーマ:憲法

料理の目線で憲法を考えよう
「<第10回憲法フォーラムの映像ー私たちの日常生活から憲法を考えよう >

国民の実感

私たちの身近なところから憲法を考えてみよう、

“いつだったでしょうか。
終戦の際に憲法がどんなにか役に立ったというお話をフォーラムで伺ったのがとても印象的でした。

こんなことがあっては絶対にいけない。
こんなにも悲しいこと、苦しいこと、悲惨なことがある。
二度と戦争があってはならない。
そんなことを学校の授業や戦争を経験した方、書物や映像から学びました。
でも憲法がというところの観点からはほとんど考えてみようとしたことがありませんでした。

そして・・・
今、私は毎日食事作りをしている中で!?
お味噌汁や煮物。
我が家では頻繁に出します。

その時の出汁、前は結構な割合で顆粒の出汁をスーパーで購入し使用。
けれども今は、ほとんど毎日、鰹節、昆布、煮干し・・・そう、今は煮干しの頻度が多いかしら。
これで出汁を取っています。

けれどもこの出汁、全然目立たない。
黄色や赤や緑の食材のように目に見えて盛り付けが綺麗とか、この切り方がいいとかなかなか分かりにくい。
でも毎日毎日具材を変えてお味噌汁や煮物は出て来る。

具材が変わっているのはわかるけれど、出汁はほとんど私の自己満足の域でもあるかしらとも思います。
特に忙しい朝の時間、出汁の味まで味わっている暇は皆ないだろうなーと思いながらも、できるだけ美味しく出来るだけ体にいいものを・・・そんな願いから作る日々。

でもほんのたまーーーーーーーに、
お味噌汁がおいしい〜♪
この煮物いいね〜♪
と言われると、待ってましたとばかりに、
これね、出汁をねっ・・・・・
と私の演説会のスタート。
わかっているのかわかっていないのかの反応。

具材のように分かりやすさはないけれど、縁の下の力持ちのようにとても大きな大きな力、担っている重要な役割って世の中たくさんあるのよね、と思う。

長くなりましたが、憲法のお話、私には出汁のことにかぶせて考えてしまっていました。
今日もすみません。」

これは、私へのメッセージの一部である。
今朝の私のブログ記事に対するコメントとして頂戴した。

私の書いていることをこんな風に受け止めておられる。
私が書いていることをこんな風に自分自身が咀嚼しやすいように噛み砕いて呑み込もうとされている。
これはいい。
こういうのがいい。

憲法は、憲法学者のものでもなく、国会議員のものでもない。
憲法は、国民のものである。

国民の一人一人が、憲法を自分のものと実感できるような丁寧な作業を繰り返していくことが大事である。
憲法の議論を、自分の実感出来るようなものに変えていく、ということが大事である。

料理と一緒である。
レシピをいくら読んでも、それだけでは料理は出来上がらない。
素材を工夫して、時には熱加減や調味料の分量にも気配りしながら、くれぐれも手順を間違えないように丁寧にやることだ。
いくら似ているからといって、塩と砂糖を間違えるようなことはしてはいけない。
posted by 憲法フォーラム at 09:34| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。