2013年09月19日

こんな提言を考えているが、如何かー選挙運動法制の見直しに関する提言試案


9月24日(火)午後6時から動態的憲法研究会と新しい選挙制度研究会を開催することになっている。

昨年の12月から開催してきた研究会だが、そろそろ締め括りをした方がよさそうだ。

節目がない活動は、大体何も産まない。
節目がない「時間」というものにあえて節目を付けるのが人間の知恵だろうと思っている。

何にでも期限を設けることで、メリハリを付ける。

これが、私の仕事をするときのスタイルである。
動態的憲法研究会も新しい選挙制度研究会もまもなく幕を閉じることにする。

ここらあたりで何らかの成果を出してみたい。

動態的憲法研究会では「動態的憲法研究」という本の出版をしたから、これはこれでいいだろう。
さて、新しい選挙制度研究会はどうするか。

今検討しているのは、選挙運動法制についての見直しに関する提言の取り纏めである。
この提言には、読者の皆さんのご意見も出来るだけ反映していきたいと考えている。
皆さんの忌憚のないご意見を頂戴できれば幸いである。

「選挙運動法制の見直しに関する提言試案

( 提 言 )選挙運動法制に関する見直しについて(試案)

T.公職選挙法の一部改正(平成25年4月26日法律第10号)に伴い、第23回参議院通常選挙から、インターネットを活用した選挙運動が初めて容認された。

わが国では従来、選挙運動を行う候補者・政党等と投票する側に立つ有権者が、いわば運動する人としない人、情報の送り手と受け手として「主・客」分離状態に置かれ、一方通行型の選挙運動が展開されてきた。しかし今回、有権者の側もインターネットを活用した選挙運動を行うことが可能となり、「主・客」の立場は世代を超えて融合し、双方向・多極型の選挙運動が現実のものとなった。

今後も、インターネットをいかに活用していくべきか、選挙実務者、インターネット関係業界、ユーザーを中心にその実用研究がいっそう深化し、新たな運動態様の模索と選挙運動法制の改革に結実することを願ってやまない。

U.今回の公職選挙法改正は、「インターネット選挙運動等に関する各党協議会」が本年2月以降、精力的に議論を行った成果を踏まえ、超党派の議員立法として全会一致で成立したものである。

この点、選挙という民主政治の根幹に関する法制度は、因習や固定観念にとらわれず、有権者の目線で、不断に見直しを行うことが必要である。とくに立法事実が薄弱で、横並びで「痩せ我慢」を強いるような選挙運動法制は、民主政治の健全な発展を大きく阻害する。党利党略を超えて、各党が真摯な合意形成を図り、時代に即した見直しが常に行われなければならない。各党協議会の体制を維持し、有意な協議が継続されることに期待したい。

もっとも、インターネットを活用した選挙運動の範囲拡大は重要な課題ではあるものの、議論はその分野に限られない。今回の法改正では対象とならなかった(文書・ポスター・看板を基本ツールとする)古典的な選挙運動規制についても、各党協議会その他の協議の枠組みで根本から見直し作業を行うとともに、必要な法改正と運用の改善と合理化を進めるべきである。

V.巷で言われているとおり、今後3年近く国政選挙が行われる見通しがない。我々もほぼ同じ認識に立つ。国会においては、各党の利害にとらわれず、落ち着いた政治環境のなかで議論を積み重ねられる絶好の期間となる。

2015年4月には統一地方選挙が実施される予定である。そこで、統一地方選挙を一つのめどとして、本提言項目について検討を行い、各党間の幅広い合意に基づき、必要な法制上の措置が講ぜられることを要望する。

提言1.候補者、政党等以外の第三者による選挙運動用電子メールの解禁

【コメント】
第三者による選挙運動用電子メールが制限された趣旨は、
@密室性が高く、誹謗中傷やなりすましに悪用されやすいこと、
A複雑な送信先規制を課しているため、一般の有権者が処罰され、さらに公民権停止になるおそれがあること、
B悪質な電子メール(ウイルス等)により、有権者に過度の負担がかかるおそれがあること、
と説明されている(各党協議会ガイドラインp11)。

しかし、@Bについては、選挙運動用電子メールに限ったことではなく、SMTP方式及びSMS
方式一般に生じうるリスクである。とくに選挙運動のケースに顕著というわけではない。
Aについては、選挙運動用電子メールは、選挙運動用電子メール送信者に対し電子メールアド
レスを自ら通知した者のうち、(ア)選挙運動用電子メールの送信の求め・同意をした者、(イ)政治活動用電子メール(普段から発行しているメールマガジン等)の継続的な受信者であって、選挙運動用電子メールの送信の通知に対し、送信しないよう求める通知をしなかったものに対してのみ送信できる、とされているところであるが、現時点において複雑な規制であるとまではいえない。

また、日常的に行われる、特定人に宛先を限定した電子メールの送受信では、(第三者による)
選挙運動用電子メールの送信を許容すべき利益が大きい。

そもそも、「選挙の主役は誰か」という観点が重要である。今回の法改正の趣旨は、インターネットを活用する選挙運動の主体が、一般の有権者に拡大したことにある。一般の有権者(第三者)が「国民固有の権利」(憲法15条)としての選挙権を行使する前提として、ウェブサイトの活用はもちろん、電子メールも政治的決定に関与する機会においては重要なツールであることは言う までもない。両者を区別し、その取り扱いに差異を設ける理由は見出し難い。

公選法附則5条2項は、次回の国政選挙までの解禁を示されているが、統一地方選挙に間にあうよう、議論を前倒しして行うべきである。

提言2.政党等以外の第三者による選挙運動用バナー広告の解禁

【コメント】
候補者・政党等の氏名・名称又はこれらの類推事項を表示した選挙運動用有料インターネット広告は、政党その他の政治団体(政党等)に限って認められている。

法改正以前より、政治活動用の有料バナー広告が、大手検索サイト、大手メディア等のウェブサイトに掲載される例がある。政党等には選挙費用の法定上限額も定められておらず、政治活動用の有料バナー広告が公示後も引き続き、選挙運動用の有料バナー広告として掲載されることはありうることであり、現に、先の参議院通常選挙においても多くの政党等が有料バナー広告を選挙期間中に活用した。

有料バナー広告が政党等に制限されているのは、まさに資金力の多寡によって、広告の量が決定されることになるため、私財に富む特定の候補者、特定の第三者(広告主となる個人・団体)の影響が排除できないということが指摘されている。

この点、総量規制を行うなどの方法もあるが、例えば、投票期日前○日前からは、公職の候補者による有料バナー広告を禁止するなどのルールを、業界の自主規制に委ねることも考えられるであろう。候補者、第三者の言論表現の自由に関わる問題でもあり、一律に規制すべきではない。

公選法附則5条2項は、候補者にも拡大する方向性を示しているが、第三者に対する解禁も、検討が加えられるべきである。

提言3.文書図画規制の解禁

【コメント】
従前、選挙運動用のウェブサイトを選挙運動期間中に「更新」することは、選挙運動用文書図画の「頒布」に該り、実務上許されないと解されてきた。しかし、今回の法改正により、立法府自らの手により、古典的な文書図画規制に大きな風穴が空けられたことは言うまでもない。

この際、ビラについては、他の法規に抵触するものでない限り、自由とすべきである。配付主体についても、制限を撤廃すべきである。

たとえば、インターネットを活用した選挙運動が解禁されたことにより、候補者は連日の選挙運動の様子、日々の街頭演説、個人演説会の様子などをウェブ上に掲載することが可能であるが、それを印刷し、街頭演説の場で配付することが許されない。選挙管理委員会に届け出、証紙を貼られたビラで、選挙運動期間中徹しなければならないというジレンマがある。それでは、有権者の感触・反応を適時に探ることもできず、コミュニケーションを図ることが困難である。

衆議院選挙においても、法定ビラ(法142条1項1号及び2項が定めるもの)11万枚のうちほとんどは新聞折り込みで使用され、街頭演説の場で配布されるものはわずかである。選挙運動の実態に鑑みれば、一律に同じ内容(衆議院小選挙区であれば2種類以内)のビラを配り続けるよりは、種類の異なるものを印刷し、対象者(時間帯、場所等)に応じて配布することのほうが、より効果的な選挙運動が可能となろう。さらには、文書図画を記録した電磁的記録媒体(DVD等)の頒布も
可能とすべきである。

通常葉書については、種類に関する規制を撤廃するほか、枚数の上限については、適正な公費負担のあり方から、結論を得るべきである。

紙媒体でありながら、衆議院選挙において候補者届出政党が使用するポスターは、一定程度の時間的継続性を持って掲示されることに意義があり、一過性のものとして活用されるビラとは性質が異なることから、全面自由化すべきかどうかについてはなお検討を要する。

提言4.専らインターネット選挙運動を行う運動員に対する報酬支払の解禁

【コメント】
選挙運動は無償で行われることが原則であり、例外的に報酬を支払うことができるのは、選挙運動のために使用する事務員(昭和37年公選法改正)、車上運動員(昭和53年同法改正)、手話通訳者(平成12年同法改正)の三者に限られている。

この点、専らインターネット選挙運動を行う運動員(業者)を迎え入れた場合、選挙運動用ウェブサイトや選挙運動用電子メールに掲載する文案を主体的に企画作成させるような場合に報酬を支払うことは買収に該り、候補者等に対する誹謗中傷を監視させるだけの、選挙運動には直接該らない作業の対価として報酬を支払うことは、買収には該らないと解されている。

今回の法改正では、インターネットを活用した選挙運動が大きく注目されることとなり、従前、アナログ型の選挙運動しか経験のない候補者(陣営)が四苦八苦し、インターネットツールを徐々に導入する取組みも、広く知られているところである。専門家による主体的な企画作成がないと、上手くインターネットが活用できない候補者(陣営)がいることも事実である。

我が国においてインターネットは急速に普及し、ITリテラシーも相当程度向上したといえるが、中には、ネット活用の専門家の助言を得ながら、基本的、より効果的なインターネット選挙運動を志向するニーズも潜在的には大きいというべきである。

したがって、専らインターネット選挙運動を行う運動員に対しても、選挙事務員等と同様、人数制限、金額の上限を設けつつ、報酬の支払い対象とし(買収には該らないようにし)、選挙期間中、インターネットに精通した人材を、たとえ短期間であってもうまく活用する方策を執るべきである。

提言5.選挙運動時間規制の撤廃

【コメント】
選挙運動期間中、午後8時から翌日の午前8時まで、街頭演説を行うことができない。過度な選挙運動を抑制しつつ、生活の平穏を確保することが立法趣旨と解されているところである。

この点、ビラやパンフレットの頒布にも制約がかかることになり、午後8時から翌日の午前8時までは、街頭における単なる挨拶行為しか許されないということになる。

しかし、地域によっては、さらに早い時間帯における街頭演説を容認しうるケースもあり、同時に、ビラやパンフレットの頒布も許されるべきである。法律で全国一律に規制すべきではなく、各地域の実情、選挙運動の主体である候補者・政党等の良識に委ねるのが妥当であろう。

提言6.戸別訪問の解禁

【コメント】
戸別訪問禁止規定に関しては、従来から司法判断でも示されているとおり、市民の生活の平穏・プライバシーを確保するため許されると解されている。

しかし、選挙運動期間中には、この戸別訪問禁止規定が存在するために、街宣車を使った「面的」な遊説活動に傾きがちであり、むしろ市民の生活の平穏を害しているという側面がある。これは、エリアの狭い市町村議会議員選挙で顕著であり、複数の街宣車が同じ地域に集中して何度も通りすがるという現象がみられ、苦情につながる例も多々存在する。拡声器を利用したスポット遊説を複数回こなすよりも、戸別訪問のほうが効果的であり、かつ戸別訪問で足りる、と考えられるケースもありうる。

提言3.ではビラの自由化に言及したが、そもそも地域によってビラの内容が異なることもありうるので、その内容に即して、密なコミュニケーションを図ることもできる。
なお今回から、インターネットを活用した選挙運動が自由化されたことにより、候補者の訪問を受けた有権者(第三者)が、そのエピソードを候補者ではなく、有権者の側から広く紹介することも可能となる。

提言7.いわゆる「わたり行為」の解禁
選挙区の候補者が比例区の候補者の選挙運動に「わたる」ことは許されるが、比例区の候補者が選挙区の候補者の選挙運動に「わたる」ことは許されない。前記「わたり行為」の禁止は、衆議院選挙、参議院選挙に共通し、アナログ型選挙運動、インターネットを活用した選挙運動にも通じるものある。

「大は小を兼ねる」という関係で、比例区の候補者が選挙区の候補者の応援行為等、選挙運動を行うことは、事実上の脱法行為につながり、種々の法定上限を無意味にするものであり、一般論としては好ましくはない。

しかし、インターネットを活用した選挙運動が顕著であるように、地域と時間を超える運動態様のものは、そもそもこのような制限規定は意味がない。

また、今回の参議院通常選挙でも、実際に、比例区候補者の街宣車の上に、該当地域の選挙区候補者が並んで立ち、比例区候補者から当選に向けた激励を受けるというシーンが何度も繰り返された。実務上も、禁止規範としてあまり認識されておらず、違反行為がもたらす実害も乏しいことから、アナログ・デジタルを通じて、わたり行為を解禁するべきである。」
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2013年09月07日

2013年08月23日

2013年08月20日

いよいよ公職選挙法の改正提言の取り纏め作業に

昨日動態的憲法研究会に引き続いて新しい選挙制度研究会を開催した。
出席者は限られており、爆発的に会員が増える見込みはないが、それでもこの研究会の窓口はインターネットを通じて全世界に開かれているのだから、参加者が少ないことを嘆く必要はない。

継続は力なり。

まさにこれからがこの研究会の正念場である。
参加者が出席しやすいように研究会開催の定例日を設けることにした。
毎週月曜日の午後7時を定例日とする。
選挙記者の皆さんには出来るだけ出席していただきたい。

皆さんそれぞれに忙しい方々だから時間を作るのが難しいとは思うが、しかしそれでも顔を合わせて議論するのとそれぞれが勝手に投稿するのとでは自ずから趣が異なってくる。
世論の形成に少しでも役に立ちそうな資料を提供する、というのが選挙記者の皆さんの大事な役割である。
これからもよろしくお願いしたい。

次回の研究会では、いよいよ公職選挙法の改正問題を取り上げる。
民主党の衆議院議員の政策秘書の経験もある南部義典氏の問題提起を踏まえて新しい選挙制度研究会としての提言を取りまとめる予定である。
皆さんからもご提案いただければ幸いである。

次回の研究会は、8月26日(月)午後7時からクリエイト紀尾井町303号室で開催する。
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2013年08月06日

第27回憲法フォーラム(8月5日)の映像

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解釈改憲が無理なら立法改憲、という選択肢をどう考えるか

解釈改憲は、いくらなんでも無理だ。

内閣法制局長官一人の人事で安倍内閣が解釈改憲に踏み切ろうとしているのだ、とまでは極め付けない方がよさそうだ。

真面目な人は、どこの世界にいても真面目である。
政治に阿る人、融通無碍な人はどこにいても政治家の顔を見て融通無碍に振舞うだろうが、今度の内閣法制局長官は決してそういう類の人ではなさそうだ。
安倍総理の内心の願望とは案外違った形に納まるような印象である。

石破茂幹事長の7月30日の記者会見(下記の通り)でそのことがなんとなく伝わってくる。

「集団的自衛権について、小松大使が自分の考え方はこうであるということを、今の外務省の立場として、明確に示されたことはないと承知しております。
この集団的自衛権という問題は、単に国内法にみならず、国連憲章を含めた国際法との整合が非常に要求されるものです。

私どもとして、集団的自衛権は、行使できる。行使するということを言っているわけではありません。できるという立場は持ちたいと思っておりますが、それを実現するにあたって、国際法との整合、あるいは、海外勤務も長いわけですし、スイスにおいて、いろいろな国の方とさらに交流を深めた小松氏でありますので、集団的自衛権を行使できるようにするというわが党の立場からすれば、極めてふさわしい人材を得たと、私自身は思っているところです。
今後どうなるか、それはどの時期に何をするかということがまだ明確に定めっているわけではありません。」

「ここはまだ総理から明確なご指示があるわけではありません。
「解釈を変更します」とポンと言っただけで、明日からそれができるというわけではないのは、党内で積み重ねてきた議論です。

すなわち、それは法的な裏付けを伴わないまま、政府の宣言のような形でそれができるということになるとすれば、法的安定性の問題もありますし、次にまた違った政権が登場して、「いや、あれは撤回します。やはり今日からできません」というようなことになると、それはわが国の姿勢としても非常に脆弱というか、不安定なものを招来しかねないことです。

ですから、国家安全保障基本法という立法を、わが党として準備をし、党議決定をし、昨年の総選挙、あるいは今度の参議院選挙でも国民の前にお示しをしてご支持を賜っているところですので、そこの順序をどうするか等については、この会期が了した後に、政府とよく調整を党として、してまいりたいと思っております。」

解釈改憲はやはりないだろう、というのが私の感想である。
しかし、解釈改憲はできないからそれでは立法改憲だ、ということになっても困る。

法律で事実上の改憲をしてしまう、国民の意見は聞かない、憲法改正の発議はしない、憲法改正国民投票はしない、ということになったのではいけない。
安倍内閣がこれからどういう道を歩もうとしているのか、よく注視しておく必要がある。
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2013年07月20日

憲法尊重義務を国民に課すことは法的に可能か

2013-05-20 10:29:15

テーマ:憲法

出来るとも言えるし、出来ないとも言えるような問題である。

出来ると言いたい人は出来るとする根拠を並べ立てるだろうし、出来ないと言いたい人は出来ないとする根拠を並べ立てる。
議論の前提条件が異なるのだからどこまで行っても交わることがないようなテーマである。

こういう問題を考える時の一つの解決法は、問題を分割、小分けして議論の前提条件を共有化することである。
憲法尊重義務、などと大上段に振りかぶるから、議論が拡散する。

憲法を大事にしなくていいのか、と問い直せばいい。
憲法が嫌いな人は憲法なんかいらない、というかも知れない。
これは理屈の問題ではなく好き嫌いの問題だから、議論はそこで終わり。

色々な議論の中には、こうした類の問題もあるから、よく見極めて議論を進めることだ。
憲法は大事だ、憲法を大切にしましょう、という大まかな合意が成立したところで次に出てくるのが、大事な憲法だが完全無欠な憲法かどうか、ということだ。

細かく上げれば色々瑕が見えてくる。
分かったつもりでいたことも、丁寧に読み解いていくと段々分からなくなることもある。
これ、ちょっと変じゃない?と声を上げたくなるときもあるだろう。

そういう瑕が見え始めたときに、それではそういう瑕がある憲法はどの程度に大事な憲法なのか、ということになる。
無謬の憲法、などという思い込みがあれば憲法には一切手を触れてはならない、などということになるだろうが、憲法の無謬性を信じない人は、憲法は大事だが変えてはいけないというものではない、というぐらいの感覚になるはずだ。

憲法の尊重義務が憲法の不可侵性を強調する概念として使われるのであれば、普通の人は反対するだろう。
他方、憲法尊重義務が憲法に書かれていても憲法の改正権限を制約するものではない、という認識が共有されれば、この問題はあまり深刻な対決を招かないで済むかも知れない。

国民には憲法尊重義務があることを憲法に明記すべきか、という問題である。
憲法尊重義務は、立憲主義の立場から国権の行使に当たる公務員に対して課される義務だということを強調する人たちは、憲法尊重の義務を国民にまで拡げることには最後まで反対するだろう。
立憲主義という観念が希薄になって、憲法は要するに国の基本ルールを定める最高法規だからみんなで護りましょう、という立場に立つと、憲法を尊重するのは当たり前ではないか、ということになる。

どちらの立場からの立論も可能である。
私は、現時点でわざわざ一般の国民に憲法尊重義務を及ぼそうという真意がどこにあるかをよく見極めて答えを出せばいいと思っている。

まあ、異論があるのに無理をすることはない。
憲法を大事にしましょうという精神的なことを強調したいだけだったら、何も今、憲法を改正して、如何にも立憲主義を弱めてしまうような外観を作りだすようなことはしない方がいい。

これが私の意見である。
posted by 憲法フォーラム at 21:27| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月18日

憲法改正について国民的合意が形成されていることを確認するための目安を探る

2013-05-25 10:46:16

テーマ:憲法2


なんのかんの言っても、世論調査は大事である。
世論を無視して憲法改正をいくら声高に主張しても、国民がついてこないのであればピエロになってしまう。

憲法改正については世論調査を繰り返して、国民的合意が成立しているな、と思えるほどになってから具体的な憲法改正の作業に入るのが穏当である。
今は、その時期に非ず。

日一日と憲法改正の機運が遠のいているように思う。

しかし、だからと言って、憲法の改正が無理だから憲法の解釈の方を変えようなどといった無理筋に持っていかれるのも困る。
いくら大事な憲法であっても不具合なところはあるのだから、基本的には時代に合わせて憲法も変えてもらいたい。

自民党は、具体的に改憲草案を提示して国民に憲法改正の必要を説いているが、自民党の改憲草案はどうもあまり魅力的ではない。
多分この案では憲法改正について国民的合意を形成することは無理だろうと思っている。
自民党の改憲草案は、憲法改正について国民的合意を形成するための一つの叩かれ台だぐらいな感覚で今後の憲法改正議論の遡上に乗せるのがいい。

どんなことでも叩き台、叩かれ台がないと議論の集約が進まないものだ。
大変な努力をして改憲草案を作成された皆さんには申し訳ないが、この際自民党改憲草案は叩かれ台を一手に引き受けていただきたい。

さて、問題は、どんな状況になったら憲法改正について国民的な合意が成立したと言えるようになるかということである。

憲法の改正に賛成という人が国民の過半数でなければいけないが、過半数は過半数でも憲法の改正に賛成が51で反対が49、などということではいけない。
過半数が賛成で、よく分からないが30、反対が10くらいのバランスがほどほどである。
このくらいになれば、まあ憲法改正についての国民的合意が整った、と言ってよいのではないだろうか。

自民党がこれからやるべきことは、国民の過半数が支持し、反対は精々が国民の1割程度のところまでになるようなマイルドな新たな改憲草案を作り上げることだ。
一部の人だけで作り上げた自民党の改憲草案を絶対視したり、これに固執し過ぎないことだ。
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2013年07月15日

後出しジャンケンにならないためにーやはり自民党の憲法無視は看過してはならない

2013-07-14 14:07:45

テーマ:---

護憲的改憲論者である私は、本当に困っている。
今の自民党は、私がいた時の自民党ではない。

為政者として現実にやっていることはそれほど悪くないのだが、頭の中、腹の中で考えていることをそのままさらけ出されてしまうと、とてもついていけなくなる。

それ違うよ。
私たちはそんなことは言ったことがないよ。
そこまで行っちゃあダメだよ。

そういうことが、実は目立っている。

参議院選挙が終わるまで蓋を閉じておこうかと思ったが、後になってなんで言ってくれなかったんだ、とか、そんなの、後出しジャンケンだよ、などと言われないように、気がついたことは言っておくことにする。

自民党の今の憲法改正草案はひどい。

これは、私が自民党にいた当時には影も形もなかったものだ。
衆議院の憲法調査会や自民党の憲法調査会で論陣を張っていた当時の自民党憲法族の私たちがいなくなってから、憲法族ではない人たちが寄ってたかって自民党のそれまでの積み上げてきた憲法議論を壊して、随分とみっともない憲法改正草案を作ってしまったものだ。

異議あり、と声を上げたいところだが、既に自民党を離れていたから何も口を挟めなかった。
これからも口を挟めるようなポジションには立てないと思うが、いつまでも口を閉じておくことはできない。
参議院選挙で自民党の議席が増え、自民党の政治基盤がますます強くなるだろうから、もはや私の意見は誰にも影響を与えないだろうが、それでも言っておく。

自民党の今の憲法改正草案は、ひどい。
かつての自民党憲法族の一人として私はそう思う。
2005年11月22日の結党50周年自民党大会で発表された新憲法草案(旧草案)の方がよかった。

なんでこんなにひどくなったのか。
この間の事情については、社民党の自民党「日本国憲法改正草案」全文批判(2013年4月18日社民党第53回受任幹事会)に詳しい。
以下、引用しておく。

社民党の自民党「日本国憲法改正草案」の全文批判より引用:

「2012年4月27日、自民党は「主権回復60年」に向けて「日本国憲法改正草案」(以下「改正
草案」)を決定・発表した。すでに自民党は2005年11月22日の結党50周年党大会で「新憲法
草案」(以下「旧草案」)を発表していたが、今回の「改正草案」は、この「旧草案」の再検討や
補強の範囲を大きく超えた内容となっている。天皇の元首化や「国防軍」の設置、緊急権条
項、国旗・国歌の尊重義務化など、05年の「旧草案」では現実可能性に配慮し控えられとい
われる復古的な要素が全面的に取り入れられたのが特徴だ。

「旧草案」は、作成時に検討された「国柄」、「国旗・国歌」、「天皇の元首化」、「国防の責
務」、「家族の保護」などのあからさまな表現が抑えられ、首相公選制導入、二院制の見直
し、憲法裁判所の設置、国家緊急権の創設などの大きな改編にも踏み込まなかった。実現
可能性や他党への配慮を優先させたためと考えられた。

今回の「改正草案」は、自民党が野党時代に政権から離れた自由な立場で、国民同意や
他党の同調の得やすさを考慮せずに作られたため、むしろ自民党の「本音」を素直に反映し
た内容となっている。

※「新憲法草案」(旧草案)までの経緯
04年6月に公表された自民党憲法調査会憲法改正プロジェクトチーム「論点整理」以降、同年11
月には同党憲法調査会憲法改正案起草委員会「憲法改正草案大綱(たたき台)」(※中谷元委員長
が自衛隊幕僚幹部に協力を依頼していたことが発覚するなどして白紙撤回)、05年4月に「新憲法起
草委員会各小委員会要綱」、05年7月「新憲法起草委員会・要綱第一次素案」、同8月「新憲法第1
次案」、同10月「新憲法第2次案」と積み重ねられてきた自民党の改憲に向けた取り組みの一つの到
達点が、2005年11月22日の結党50周年党大会で発表された「新憲法草案」である。自民党が具体
的な条文案としてまとめたのはこれが初めて。」
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2013年07月14日

看過してはならない憲法無視

憲法63条は、「内閣総理大臣その他の国務大臣は答弁又は説明のため出席を求められたときは、出席しなければならない、と定めているが、6月24日及び25日に開催された参議院予算委員会に出席要請を受けながら、安倍総理他の閣僚は参議院予算委員会に出席しなかった。

マスコミはこの問題を軽く受け流してしまい、現在までまったく問題視していないが、これはいけない。

誰もが口を噤んでいるとこういう無法・違法が罷り通ってしまう。
このまま終わってしまうと、内閣の国会軽視、憲法無視が既成事実化してしまう。
いけないことはいけないと言っておかなければならない。
いくら選挙で勝ったからといって、憲法を無視するようなことはしてはならない。

マスコミは会期末における総理に対する問責決議を茶番劇だと一蹴した。
私も茶番だと思った。

しかし、よくよく調べてみるとこれは茶番劇ではなくもっと深刻な問題だった。

そのことに気が付いた人は、ごく一部のようである。
気が付いたけれど、本当にはこの問題の深刻さが理解できていないためにあっという間にその人たちの脳裏から消え去ってしまったのだろう。

安倍内閣の憲法無視は、やはり改めさせなければならない。
まずは、事実の認識の共有をしておこう。

マスコミが報道しなかった問責決議を紹介しておく。
この問責決議の理由に示された事実関係に間違いがないのだったら、やはりこういう憲法無視はどんなことがあってもするものではない。

「本院は、内閣総理大臣安倍晋三君を問責する。
右、決議する。

理由

安倍内閣は、参議院規則第38条第2項に則り正式な手続きを経て開催された参議院予算委員会の出席要求を拒否し、6月24日、25日の両日に渡って同委員会をん欠席した。
これは、国務大臣の出席義務を規定した日本国憲法第63条に違反する許しがたい暴挙である。

安倍内閣は出席拒否の理由として、平田健二参議院議長の不信任決議が提出されたことをあげているが、会期末で日程が制約される中でおよそ正当性のない不信任決議案で国会審議を遅延させ、更には同案の処理を先延ばしにしているのは他ならぬ与党であり、また同案採決の条件として予算員会の開催をしないことを条件にしていることからも、予算員会の開催を妨害していることは明白である。

安倍内閣は質疑通告さえも拒否したばかりではなく、正式に文書で予算委員長が出席要求したところ、署名のないメモで出席拒否する旨回答した。国権の最高機関である国会をこのように愚弄する行為は前代未聞であり、議会制民主主義を根底から揺るがせものである。

憲法に違反して国民主権を蔑ろにし、我が国の立憲主義をも踏みにじろうとする安倍晋三内閣総理大臣の責任は極めて重大である。
よってここに、安倍晋三内閣総理大臣の問責決議案を提出する。」

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第22回憲法フォーラム(7月5日)

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